人生

「若い時の苦労は買ってでもしろ」という言葉は嘘なのか?

「若い時の苦労は買ってでもしろ」という言葉があります。

よく議論の的にされる言葉ではありますが、実際のところ本当なのか?間違っているのか?

私なりの解釈と考えを今回の記事では述べていきます。

体育会系的で一昔前の考え

「若い時の苦労は買ってでもしろ」と言う人は、だいたい体育会系の人が多い印象です。

そもそも、そんな風に上から目線で他人にアドバイスしてくる人は体育会系の人ばかりのような気もします。

また、一昔前の考え方を引きずっている人も「若い時の苦労は買ってでもすべき」という考えを持っていることが多い印象です。

昔は現代ほど人々の価値観が多様ではなく、目の前に転がってくる「苦労」を深く考えずに乗り越えるだけで仕事が上手くいったからなのかもしれません。

盲目的に苦労を買って出れば評価される時代は過ぎ去ったのではないでしょうか。

苦労を買ってでもする必要は無いのでは

私自身は、苦労を買ってでもする必要は無いと思っています。

何でもかんでも苦労を重ねればどんどん成長できるかというと、必ずしもそうではないでしょう。

苦労しても得るものの少ない「無用な苦労」も世の中には多くあるはずです。

仕事の例であれば、

・成果や上司の評価につながらない会社の雑用をたくさん引き受ける

・降ってくる仕事を断らずに全部引き受け、長時間残業してなんとかやり遂げる

・リスクが大きく、問題点ばかりで誰もやりたがらない仕事に手を出す

といったことに本当にメリットや意味があるのか?ということです。

よく考えずに勢いで苦労を買って出るのは主体性に欠けた行動であって、結局損したり、後々後悔する可能性が高い。

それよりも、自分の頭で考えて工夫して、無用な苦労を背負わなくて済むように、避けられるようにする方が得るものは大きいと思います。

無用な苦労を避けることで空いた時間を有効に活用できればなおさら良いでしょう。

苦労をすることが目的になってはいけない

結局、苦労を経験することそれ自体が目的になってはいけないのだと私は考えています。

とりあえず苦労すれば成長できるという安易な考えで、よく考えずに色々挑戦したり、あえて大変な道を選んだりして辛い思いをしても、得るものは少ないと思います。

苦労を経験することを目的として物事に取り組むのではなく、せっかく何かをやるのであれば、純粋に自分が好きなことややりたいことをやる方がずっと有意義でしょう。

好きなことややりたいことをやったとしても、きっと何かしらの苦労はあると思います。

でも、やりたいことに取り組んでいる過程での苦労ならば、乗り越えるのは難しくないはずです。

意図的に「もっと苦労して頑張らなきゃ」と考えてやりたくもないことに手を出さなくても、好きなことをやる過程で自然と経験する苦労だけで十分に成長できるでしょう。

以上をまとめると、

・苦労すること自体を目的にするのは間違い

・無理に意図的に苦労しようとする必要は無い

・好きなこと、やりたいことの過程にある苦労を乗り越えるだけで十分に成長可能

というのが私の主張です。

苦労し過ぎるとひねくれた性格になる

また、人はあまりにも苦労を経験し過ぎると、ひねくれた性格になってしまうと感じています。

私の知り合いに、家族の仲が悪く家庭環境に恵まれず、さらに本人が日本人離れした感性を持っており、ずっと人間関係に苦労してきた人がいます。

では、苦労した分だけ人間性がしっかりしているかというと…、失礼ながらそうでもない印象です。

・他人から言われる言葉に超敏感で、ちょっとしたことで腹を立ててヒステリックになってしまう

・「どうせ自分は変わっている人間だから理解してもらえないんだ」という旨の発言をすることがある

・気分屋で感情のアップダウンがとても激しく、機嫌が悪い時は露骨にそれを態度や表情に出す

といった感じの人間性で、正直近寄りにくく、いわゆる「めんどくさい人」です。

苦労を多く経験すればしっかりした人間になれるという訳ではなく、むしろ心が荒んでひねくれてしまうようです。

苦労し過ぎると、苦労していない人に苛立ちを感じる

たくさんの苦労をすれば他人に優しくなれるかというと、そのような人は少数派で、逆に他人に厳しくなってしまう場合が多いようです。

なぜかというと、苦労すればするほど

・自分ばかりが辛い思いをして、他の人はそこまで苦労していないことが許せず苛立ちを感じる

・自分はこんなにも苦労したのだから、子供や後輩、部下も同じような苦労を味わうべきだ、乗り越えるべきだと感じる

といった気持ちが強くなるからです。

一般的には、苦労した人は他人への優しさを持てるようになると考えられています。

しかし実際には、むしろ他人に自分と同じ苦労を強要したり、苦労していない人を「楽してる、ずるい」と見なすようになることも少なくない。

もちろん、あらゆる苦労から逃げてばかりでは成長できないでしょう。

でも、得る物の少ない余計な苦労はできるだけ避け、心と体の余裕を持つようにした方が良いと私は思います。

そうすれば、結果的に他人に優しく寛容な人間になれるのではないでしょうか。

まとめ

以上、今回の記事では「若い時の苦労は買ってでもしろ」という言葉に対する私の考えを述べました。

私はこの言葉は不適切であり、

・苦労すること自体を目的にするのは間違い

・無理に意図的に苦労しようとする必要は無い

・好きなこと、やりたいことの過程にある苦労を乗り越えるだけで十分に成長可能

と考えています。

ぜひ皆さんも「もっと苦労しなきゃいけないのかな」と変に惑わされることなく、自分の心に従って、ぜひ好きなことややりたいことに力を注いでください!

こちらの記事もおすすめ!